株式会社名古屋画廊

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株式会社名古屋画廊
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愛知県名古屋市中区栄一丁目12番10号
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展覧会のご案内

 

企画展開催スケジュール

企画展開催スケジュール
 
2015年9月28日(月)-10月3日(土)巨匠にみる「絵とは何か」展
2015-09-25
藤田嗣治《横たわるユキの肖像)
巨匠にみる「絵とは何か」展No.17
ー西洋の視点・東洋の視座
9月28日(月)-10月3日(土)
 
藤田嗣治《横たわるユキの肖像》―先人未到の裸婦    
藤田と言えば裸婦。装飾性と官能性を、二つながらに備えた独自の裸婦が先ずは思い浮かぶが、彼が裸婦を集中的に描くのは1920年代初めからの10数年に過ぎない。それ以後も描きはするが、裸婦は藤田にとってもはや主要なテーマではなくなる。この時期、画家が裸婦に没頭したのは、モデルに恵まれたこともあったが、中でも1924年から生活を共にした「ユキ」ことリュシー・バドゥーとの出会いは決定的であった。抜けるような白い肌の持ち主ゆえに「ユキ」と名付けられた彼女は、藤田が考案した乳白色の下地を存分に生かすことができる最高のモデルとなった。創作意欲をかき立てられた画家は、次々と裸婦の傑作をものしていく。ルネサンス以来、裸婦を描いた名作は枚挙に暇がないが、藤田が目指したのはそのいずれとも異なる。色彩はごく控えめ、絵の具の盛り上げもなく、簡潔にして流麗な輪郭線によって浮かび上がる美しい裸婦の姿。禁欲的ともいえるほどの最小の表現に見えながら、その豊かな存在感、生命力は圧倒的である。白い下地は肌へと転じ、一瞬にして無が有へと変貌する。裸婦の表現において「先人未踏の天地を拓きたい」とする画家の野望は、ここに見事にかなえられたのである。        
深谷克典(名古屋市美術館副館長)
 
 

 

 
2015年6月22日(月)-6月27日(土)画業60周年 浪打栄光展
2015-05-15
パンを売るインディオ 1983年 80号
画業60周年 浪打 栄光 展 EIKOU NAMIUCHI
-人柄の底に秘めた類無い人間愛-
6月22日(月)-6月27日(土)
  
浪打栄光さんの個展に寄せて
 浪打さんとの交友はもう40年近い。自宅が近く、近所のお寿司屋さんでの出会いが最初。私とはほぼ同年代、その控え目で飾らない人柄の底に秘めた類無い人間愛と行動力にすっかり惹かれてしまった。
 画風も人柄そのもの、70年代の世界を巡るスケッチ旅行― 特に当時でも命がけだったペルーやボリヴィアのひとり旅の作品からはもの悲しいケーナの響きや現地の民の汗の臭いが滲み出ている。恩師・鬼頭鍋三郎先生もこの感性を絶賛されているが、私は嘗て“貴方はペルー版の北川民次さんだ”と評した時の「いやいや」と照れて居られた顔が忘れられない。今では彼の足跡は危険でとても行けない処ばかりである。
 その好漢が今、八十路に入り悪疾に侵され重篤の日々。この文を依頼され、大好きな画集『Andes Solo』をしみじみ眺めている。6月22日は私の誕生日、38年前の寿司屋の出会いが6月22日、そしてこの恐らくは最後の個展のオープンが6月22日、単なる偶然にせよ、“何たる奇縁”と内心、私共の絆の深さに驚きと感動を禁じ得ない。この企画を提案して頂いた名古屋画廊・中山真一社長に満腔の謝意を捧げたい。
小野茂勝(元・愛知トヨタ自動車株式会社副社長)
 
略歴
1932/名古屋市生。47/鬼頭鍋三郎に師事。75~15/名古屋画廊個展(10回)。76/安井賞候補展、第8回日展〈特選〉。77/光風会会員、現代日本美術選抜展(文化庁主催)。78/ペルー初取材、愛知県美術館買上。79/スケッチ画集『Andes Solo』刊行。89/日本人移住90周年記念個展(ペルー国立美術館)、名古屋デザイン博「名古屋百景展」。90/「ペルーに魅せられた日本人画家展」(大阪花博)、日墨水彩展(メキシコシティー)。95/「ラテンアメリカの音楽と楽器展」(国立民族学博物館)。98/個展(銀座ギャラリー惣)。現在 無所属。
 
 
 
2015年6月5日(金)-6月16日(火)没後10年 水谷勇夫展
2015-05-15
出口 1961年161.2*130.3㎝
没後10年 水谷 勇夫 展 ISAO MIZUTANI
-宇宙から人間へ、人間から宇宙へ-
6月5日(金)-6月16日(火)
 
レセプション:初日5:30p.m.~7:00p.m.
皆様のご来駕をお待ち申し上げます。
  
宇宙から人間へ、人間から宇宙へ
 森羅万象が織りなす様々な姿や形に人間の鋭利なる意識が絡まり接吻するときその形からはまるで生き物のような視覚言語が発信されてくる。(水谷勇夫/1998年1月)
 おそらく宇宙から来て、絵画・版画・舞台美術・パフォーマンス・書・著作・子どものための美術教室など、多彩な活動とぶれない姿勢で常に私たちを刺激してくれた表現者水谷勇夫が再び宇宙へと回帰して、早くも10年の歳月が流れた。
 戦中の不条理体験から人間を醜く愚かな、それでも愛すべき存在として表現してきた1950-60年代から、1970年代には「行動芸術」と名付けた概念芸術・パフォーマンスや日本文化の根源を追求する著作などを表現の主体とするようになる。そして1980年代末以降は、人間が存在し生かされているこの宇宙の構造図とも言うべき「曼荼羅」の創出にまで発展させていった。
 冒頭の言葉にもあるように、その表現は一貫して「自然の生命力の表現」。一人の人間の身体を通してそれを伝えることにある。その意味で水谷勇夫は伊藤若冲、葛飾北斎、富岡鉄斎、福田平八郎など日本美術におけるアニミズムの系譜につながる作家ということを、そろそろ再認識すべき時期に来ているのではないだろうか。この展示がその端緒を開いてくれることを期待したい。
吉田俊英(美術史家)
 
略歴
1922/名古屋市生。42~46/従軍(中国)。52/美術文化協会会員(54退会)。55/堀尾実らと「匹亜会」結成。58/第1回シェル美術賞展<佳作賞>。60/超現実主義の展開展(東京国立近代美術館) 。61/ピッツバーグ国際現代絵画彫刻展(カーネギー財団主催) 。62/第2回国際青年美術家汎太平洋展<文部大臣賞>、十四人の日本人作家展(ニューヨーク)、第1回丸善石油美術奨励賞展<佳作賞> 。62~64・66/現代日本美術展(東京都美術館) 。63/朝日秀作美術展、個展(ロンドン)。 64/現代日本絵画展全米巡回展(ワシントン・コーコラン美術館主催)、国際超現実主義展(オランダ・ユトレヒト) 。65/現代日本作家パリ展(文化フォーラム主催) 。93/NHK大河ドラマ[琉球の風]題字担当、名古屋市芸術特賞。98/水谷勇夫50年の造形の軌跡~終りから始りから~(池田20世紀美術館)。05/逝去(85歳)。
 
 
2015年5月21日(木)-5月30日(土)坂口紀良展
2015-05-15
エーゲ海の白いテラス 50号
坂口 紀良 展 NORIYOSI SAKAGUCHI
-エスプリが、生命の輝き-
5月21日(木)-5月30日(土)
  
坂口紀良展の新作を見る
 明快で、清澄なフランスのエスプリを感じさせる坂口さんの室内静物、南フランス風景は、筆が走り、空はあくまで青い。窓辺の景色は、絵を描く喜びにあふれている。
 エスプリが生命の輝きとなり画面に充溢して爽快である。天与のものもあろうが、フランス滞在によって、こうしたエスプリを吸収したこと、それが画面に醍醐味をもたらし、室内のピアノや花瓶は、画面に奥行をあたえ、絶妙のコンポジションである。
 マティスは、生涯を通じてフォーヴであったが、東洋の易学を研究し、色彩もそうしたものから決定し、顔の色彩は、その最たるものであるという。
 かつて一見平明なマチィスの《ダンス》を見て、その人体の動きに瞠目したが、坂口さんの造形密度の純度には、マティスの影響があると思う。
 坂口さんのガラス絵は、日本のガラス絵に近代性をあたえた小出楢重同様、面白い。タブローの展開としてガラス絵をとらえ、艶やかな色彩が生きているからである。
 自然の豊かな恵みを描き、苦心の跡を少しも見せず、音楽が聞こえてくる。その手際のよさは、芸大の中根教室で学んだものかもしれないが、坂口さんが音楽愛好者であること、それが画面にリズムを奏でているに違いない。
金原宏行(美術評論家、豊橋市美術博物館館長)
 
略歴
1948/愛知県豊橋市生。72/東京芸大(中根寛教室)卒、卒業制作文部省買い上げ〈安宅賞〉。74/同大学院修了。74~85/朝の会展。77~79/滞仏。83/油絵大賞展(東京セントラル美術館)招待出品。84~86/和の会展(銀座和光)招待出品。90/ニュ-ア-ティストウェ-ブ展。92/多摩湖畔にアトリエを構える。96~10/光の会展(銀座和光)。98・08/名古屋画廊個展。
現在 立軌会同人。
 
 
2015年5月8日(金)-5月18日(月)teamLab★展
2015-03-20
増殖する生命-Gold 2014年
teamLab★増殖する生命、永遠の唯一無二
5月8日(金)-5月18日(月)
  
増殖する生命、永遠の唯一無二 
この作品《Ever Blossoming Life ‒ Gold / 増殖する生命 ‒ Gold》は、コンピュータプログラムによってリアルタイムで描かれ続けている。あらかじめ記録された映像を再生しているわけではない。
花は、生まれ、成長し、つぼみをつけ、花を咲かせ、散り、枯れて、消えていく。
つまり、花は、誕生と死滅を、永遠と繰り返し続ける。
全体として、以前の状態が複製されることなく、変容し続ける。
つまり、今この瞬間の絵は、2度と見ることができない。
この作品は、エディションごとに、まるで生命のように、それぞれ違った状態を作っていく。
つまり、各エディションは、それぞれが唯一無二の作品として存在する。
 
チームラボは、プログラマ・エンジニア(UIエンジニア、DBエンジニア、ネットワークエンジニア、ハードウェアエンジニア、コンピュータビジョンエンジニア、ソフトウェアアーキテクト)、数学者、建築家、CGアニメーター、Webデザイナー、グラフィックデザイナー、絵師、編集者など、スペシャリストから構成されているウルトラテクノロジスト集団。アート・サイエンス・テクノロジーの境界線を曖昧にしながら活動中。
 
※本展は《Ever Blossoming Life - Gold / 増殖する生命 ‒ Gold》(2014年)、《Flower and Corpse Glitch / 花と屍 剝落》(2012年)の2作品の展覧です。
 
 
2015年4月17日(金)-4月25日(土) 笠井誠一展
2015-03-20
《夕顔とりんご二ツ》2014年作 8号
「フランス留学記」出版記念
笠井 誠一 展 SEIICHI KASAI
-「簡潔で平明な世界へ」-
4月17日(金)-4月25日(土)
 
レセプション:初日530p.m.-700p.m.
笠井先生を囲んでレセプションを開催いたします。
皆様のご来駕をお待ち申し上げます。
 
笠井誠一の画風を形づくってきたもの
 今年、笠井誠一の大規模な回顧展が、生まれ育った札幌で開催された。高校2年で単身上京し、東京、パリ、長久手、八王子で制作してきた彼の凱旋とも言える展覧会である。67年間にわたる画業を経年的にたどりながら、東京藝術大学で伊藤廉によって絵画に開眼し、パリ時代にモーリス・ブリアンションから「より美しいものはよりシンプルなものだ」という考えや抒情性を排した構築的把握、さらに画面上での空間や色彩の均衡などを徹底的に教え込まれたこと、そして帰国後に彼の代名詞とも言える静物画がゆるやかに変化しながら「簡潔で平明な世界」へと向かう過程を見せるものであった。開催した美術館を包み込む雪景色を見て彼の造形世界に通じるものを感じた人も多かったようだが、笠井自身も自分のなかに息づく北海道的なものを感じている。透明で柔らかな光が生むグラデーションやトーンの豊かさ、雪中にも似た静けさ、そして無骨さとぶっきらぼうさ。それらが確かに作品のなかに同居していることを見出す時、笠井の芸術にとって、幼い頃に育まれた感性、学生時代や留学期の研鑽、そして飽くなき探求と成熟、どれひとつも欠くことのできないものであったと改めて思うのである。 
吉崎元章(札幌芸術の森美術館副館長)
 
略歴
1932/札幌生。57/東京芸大(伊藤廉教室)卒。59~66/滞仏、パリ国立美術学校に学ぶ。60~65/サロン・ドートンヌ(62年出品作はフランス政府の買上げとなる)、サロン・ナショナル等に出品。67/愛知芸大勤務。68~13/名古屋画廊にて個展(21回)。74~98/黎の会展。74~03/名翔会展。77~00/和の会展。82~84/国際形象展。85/立軌会同人となる。91/名古屋市芸術賞芸術特賞。96/ポメリー中部文化賞。01/安田火災東郷青児美術館大賞受賞・同記念展(安田火災東郷青児美術館)。07~09/両洋の眼・現代の絵画展。15/笠井誠一展(札幌芸術の森美術館)。現在 立軌会同人、愛知芸大名誉教授。
 
 
2015年4月7日(火)-13日(月) 巨匠にみる「絵とは何か」展No.16
2015-03-20
佐伯祐三《自画像》1917年頃作 8号
巨匠にみる「絵とは何か」展No.16
-併催:昭和世代の画家たち展-
4月7日(火)-4月13日(月)
 
2015年3月26日(木)-4月4日(土) 元永定正と「具体」小品展
2015-03-20
《作品》1962年作33.4*24.2㎝
Living with Contemporary Art -No.18
元永定正と「具体」小品展
-併催:戦後日本の現代美術-
3月26日(木)-4月4日(土)

具体時代の元永定正
 近年、国内外で前衛芸術集団「具体美術協会」(1954~1972)が注目を集めている。元永定正は1955年から1971年まで具体の主要メンバーとして活躍した。具体時代の元永は、ユーモラスな形が登場する抽象作品から出発し、50年代終り頃から1966年に渡米するまでの間、主に絵具流しの作品を発表した。ペンキ、エナメル塗料、油絵具などを傾斜させた画面に流す鮮烈な色調の作品は、彼の評価を確固たるものとした。
 絵具流しの作品は、重力のはたらきにまかせて制作されたと考えられがちだ。しかし、それは誤解である。元永は完成イメージをねってから制作にあたっていた。時に予想しない結果が生まれることもある。それが意に添わない場合、元永は何度もやり直したという。 
 大らかでユーモア豊かな元永が制作の苦心を口にすることはなかった。しかし、作品のこと、制作のことを彼は常に考えていた。絵具流しの作品も、そうした真摯な姿勢に裏づけられている。それゆえに、時代を越えて私たちを魅了しつづけるのである。 
毛利伊知郎(三重県立美術館館長)
 
略歴
1922/三重県生。55/具体美術協会会員(71退会)。64・66/現代日本美術展〈優秀賞〉。71/現代日本美術展〈京都国立近代美術館賞〉。83/第15回日本芸術大賞、第4回ソウル国際版画ビエンナーレ〈グランプリ〉。88/フランス政府より芸術文芸シュヴァリエ賞受賞。91・2009/元永定正展(三重県立美術館)。11/逝去(88歳)。
 
 
 
2015年1月26日(月)-2月6日(金) 山田光春展
2014-12-23
《顔》1964年作 3号 油彩・ガラス
山田 光春展 MITSUHARU YAMADA
-硬質な輝きに揺らめく幻想世界-
1月26日(月)-2月6日(金)

山田光春の芸術-硬質な輝きに揺らめく幻想世界
 戦前の名古屋画壇は、シュルレアリスム(超現実主義)運動の一大拠点であった。新造型美術協会などで活躍した画家・写真家の下郷羊雄、海外のシュルレアリストとの文通を通して、海外超現実主義作品展を実現させた美術評論家の山中散生をはじめとして、「ナゴヤアバンガルドクラブ」に集結した若き画家や写真家たちの活動は、東京画壇を凌駕するほどの勢力を誇っていた。
 このシュルレアリスム運動の影に隠れてしまっているが、名古屋画壇の前衛画家としてもう一人忘れてはならない存在が、山田光春である。日本で初めてアブストラクト・アート(抽象美術)を標榜した自由美術家協会の厳選で知られる第1回展(1937年)に、名古屋から唯一人、入選したばかりか、協会賞を受賞して、会友に推挙された。シュルレアリスムの刺激を感じながら、瑛九のフォトデッサンに触発された独創的なガラス絵は、硬質な輝きのなかに有機的な形態が揺らめく幻想世界を魅せてくれる。
山田 諭(名古屋市美術館・学芸員)
 
略歴
1912/愛知県小原村(現・豊田市)生。34/東京美術学校卒。37/第1回自由美術家協会展〈協会賞〉。64/主体美術協会創立会員。65/愛知県立女子大学(現・愛知県立大)教授。74/著書『藤井達吉の生涯』刊。76/著書『瑛九』刊。81/逝去(69歳)。
 
 
2015年1月6日(火)-1月16日(金) 鬼頭鍋三郎展
2014-12-23
《T嬢の像》1947年 8号
鬼頭 鍋三郎 展 NABESABURO KITO
-「知られざる作品」たち-
1月6日(火)-1月16日(金)

略歴
1899/名古屋市生。1931/光風会会員。34/帝展特選。54~55/滞欧。61,64,65,75/個展(名古屋画廊) 。63/日本芸術院会員。68/愛知芸大教授。70/光風会理事長。82/逝去(82歳)。
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