株式会社名古屋画廊

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株式会社名古屋画廊
〒460-0008
愛知県名古屋市中区栄一丁目12番10号
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展覧会のご案内

 

企画展開催スケジュール

企画展開催スケジュール
 
2014年6月9日(月)-6月14日(土)生誕100年 坪内 節太郎 展
2014-04-25
《男の顔》1943年頃作
生誕100年 坪内 節太郎 展
6月9日(月)-6月14日(土)*最終日は午後4時まで
 
「牛の涎(よだれ)」
 「牛の涎」ということを、人様に自分の画業を譬えて父が申しているのを聞いたことがありました。また、私には「自分には才能がない。ただ、しつこいから絵を描くことを諦めないだけだ」ということを言っていました。   
父の絵を見ると「滋養」「滋味」という言葉を思います。そして洒落のようですが「地味」―これは重層的な土気の味、とでも言い換えたいのですが。 
幸福である人のことは、放っておいても大丈夫。欠けたものや不遇なものにこそ目をやりたい―自然とそちらに目がいってしまう―といった父の気質とその画業との結びつきを強く直観いたします。
 「観る人の病気が治ってしまうような絵が描きたい」と節太郎は青年の頃考えていたとか。それはおそらく、パーッと気持ちを明るくして苦を忘れさせるのではなく、薬に譬えれば、心身の奥深くに入り込んでじっくりと効き続ける漢方薬の様なものかもしれません。
坪内のり子(坪内節太郎長女)
 
略歴
1905/岐阜県(現)各務原市生。26/春陽会展初入選。中川一政に師事。31/独立美術展。38/独立美術協会賞。63/『歌舞伎画帖』刊行。70/個展(名古屋画廊、以後6回)。79/逝去(74歳)。
 
2014年5月23日(金)-6月6日(金)久米 亮子 展
2014-04-25
《garden》90.9*90.9cm
久米 亮子 展 RYOKO KUME
-window-
5月23日(金)-6月6日(土)
 
レセプションご案内
初日5:30p.m.~7:00p.m.
久米先生を囲んでささやかなレセプションを開催いたします。
皆様のご来駕をお待ち申し上げます。
 
久米亮子の絵画
 久米亮子の絵画には、花にまつわる題名がよく付けられている。そして彼女が実際に描くイメージは、多かれ少なかれ抽象化されているにせよ花のそれであること、あるいは少なくとも花を連想させるものであることが多い。しかし、久米は決して単なる花の画家ではない。花は彼女にとっておそらく、私たち人間を含む生命の、さらにはそれを育む自然あるいは世界の営みの象徴的な存在なのだろう。久米は画家として、花を通してそれを描く。
 ところで、私が久米の絵画において最も惹かれるのは次のことである。絵具の素材感、絵具の持つ色彩、そして絵具が塗られることで生み出される形態と空間――それらが支持体の上で、いや支持体そのものも含めて調和した時、久米の絵画は優美な強さを備え、発する。それを感じ取った時、彼女の絵画はひと目見たところの色彩の清澄さ、鮮やかさやオーガニックなリズム感による心地良さを突き抜けて、高揚的な対峙感を伴った高次の視覚的快楽に私たちを浸らせてくれる。
大島徹也(愛知県美術館 主任学芸員)
略歴
1991/文化庁現代美術選抜展。93・95・97/ビエンナーレまくらざき(93佳作賞)。94-/個展(ギャラリー山口〈東京〉)。97-/個展(名古屋画廊)。97/VOCA'97(上野の森美術館)。99/夢広場はるひ絵画展〈奨励賞〉(はるひ美術館)、久米亮子展(はるひ美術館)。02/ArtScholarship2001現代美術賞(本江邦夫部門)。05/光りの絵画展(名古屋画廊)。11/個展(ハートフィールドギャラリー〈名古屋〉)。12/個展(ART NAGOYA 2012)、個展(ギャルリー東京ユマニテ〈東京〉)。
 
2014年5月9日(金)-5月17日(土)赤塚 一三 展
2014-04-25
《木の間の星岩》100号
赤塚 一三 展 KAZUMI AKATSUKA
-深みある色感と内省と-
5月9日(金)-5月17日(土)
 
レセプションご案内
初日5:30p.m.~7:00p.m.
赤塚先生を囲んでささやかなレセプションを開催いたします。
皆様のご来駕をお待ち申し上げます。
 
赤塚一三の新作―深みある色感と内省と
  赤塚一三さんは、昨年7月に一ヶ月ばかり三岸節子ゆかりのフランス・ブルゴーニュ地方のヴェロンに滞在し、のち取材のため車で3000キロを移動した。フランスの大地に身を浸したことで制作意欲を刺激され、画嚢を肥やしてきた。たとえばドルドーニュ地方のロマネスク風教会のある静寂な情景は、樹間と遠景の教会の間に奥行きが出、白色の教会と空の構築的な構図に迫力が増し、ほかにもイリュージョンを広げた夜景の上弦の月など伸びやかな筆触がうかがえる。
 さまざまな風景のモティーフが豊かな表情を醸し出すこの緻密な構成と筆致は、あくまでも自然に対する敬虔な思いと生死の境を彷徨した青春時代の経験など生命あるものに対する思い入れから成り立っている。描きたいのが「永遠の現在(いま)」であるという赤塚さんの姿勢は160年を経た民家を改造した長久手市のアトリエで制作する静物にも一貫している。
 イタリアの画家モランディに私淑し、敬愛するボローニャの市立美術館を3回も訪ねた内省の画家は、時間と空間表現に腐心する。質朴な人柄から生まれる作品は、どれも赤塚さんのアグレッシブな意欲の賜物であろう。
金原 宏行(豊橋市美術博物館館長)
略歴
1956/岐阜市生。80/愛知県立芸術大学卒<桑原賞>。82/同大学院修了<修了制作買上>。83~95/アッサイ展(愛知県美術館等)。85~93/名爽会展(名古屋画廊)。92/ルイーズ=ミッシェル展(パリ)、二人展(マドリーヌ寺院)。93~06/個展(銀座 ギャラリー和田)。94・98・01・05・08・10個展(名古屋画廊)。95/前田寛治大賞展(日本橋髙島屋・倉吉美術館)。95~97/愛知県海外研修生として滞仏。97/個展(パリ、キャピタルギャラリー)。97・98/21作家展(パリ、キャピタルギャラリー)。00~02/風景の見え方展(長久手文化の家)。04~/ものの見え方展(長久手文化の家)。06/損保ジャパン東郷青児美術館大賞展招待出品。07~/笠の会展(松阪屋)。09~/實の会展(日本橋髙島屋)。
現在/写実画壇運営委員
 
2014年4月17日(木)-4月25日(金)生誕100年 浅野弥衛 展
2014-03-20
《作品》1961年 30号
生誕100年 浅野 弥衛 展 YAE ASANO
-タテに観る世界-
4月17日(木)-4月25日(金)
 
 浅野弥衛・タテに観る世界
 今でも弥次喜多の歩いていそうな海道に沿う旧家に生まれ育った浅野弥衛は、生涯そこで独自の抽象画の世界を極めたのであったが、星菫を愛する人でもあった。
 夏であれ、冬であれ、しばしば家族や客人を誘って屋外に出た。狭所(せこ)を下って水田の畦に案内した。幸いにして満天の星である。揃って夜空の美しさに酔ったものだ。
 また春や秋には、萌え出ずる稲麦やつくしや菫や菜の花や蕗の薹に注目することを強いた。
 独自の美意識で築き上げた作品世界を支えていたのは、こういう天空の理、地上の利に適う天然気象への愛着だったろうと思う。
 引っかきという技術を大事にしていた彼は絵の具の乾きが重要な関心事で、予報の合わなかった時には、激しく電話で気象庁を責めていた。
 星つながりで想うのは、イギリスの片田舎に育った作曲家ホルストのジュピター(木星)制作百年の今年、浅野の生誕百年を迎える偶縁である。
 多分、浅野の世界にはヨコからの視線はなく、天を仰ぎ、地に伏せるというタテの視線が貫いているようだ。従って壁面を飾るよりは天井に掲げたり、地上に置いたりして、観る方が、魂に響く観方が出来るのではないかと思われる。
清水 信(文芸評論家)
略歴
1914/三重県鈴鹿市生。50/美術文化協会会員(63退会)。61-72名古屋画廊個展(12回)。71/銀座みゆき画廊個展(主催・名古屋画廊)。62/第13回秀作美術展(日本橋三越)。68/THE EXHIBITION OF JAPANESE ARTISTS DRAWING(ロスアンゼルス)。74-92/桜画廊個展(15回)。82/現代美術の展望展(富山県立近代美術館)。85/名古屋市芸術賞〈特賞〉。86/現代の白と黒展(埼玉県立近代美術館)。87/愛知芸大客員教授。92/名古屋画廊創業50周年記念現代の洋画展。同水彩・デッサン新作展。95/線について展(板橋区立美術館)。96/浅野弥衛展(三重県立美術館)。逝去(81歳)。2007/没後10年浅野弥衛展(名古屋画廊)。
 
2014年4月4日(金)-4月12日(土)伊津野 雄二 展
2014-03-20
《花の名前》(部分)木(ヒメコマツ)
伊津野 雄二 展 YUJI IZUNO
-花の名前-
4月4日(金)-4月12日(土)
 
レセプションご案内
初日5:30p.m.~7:00p.m.
伊津野先生を囲んでささやかなレセプションを開催いたします。
皆様のご来駕をお待ち申し上げます。
 
花の言葉
 
薔薇の窓もつ大きな家は
聖者の夢のうえにたち
空に石積む大きな街は
数字をなくしたサイコロのよう
よこたわる 大地も花も木も草も
呼ばれることを拒絶して
今は静かにねむりましょう
やがて風が時をよび
あなたが真にのぞむとき
私の名前は知らせずに
小さな庭に立ちましょう
 
伊津野 雄二 
 
略歴
1948/兵庫県生まれ。69/愛知県立芸術大学美術学部彫刻科中退。75/知多工房を設立 木彫、家具木工芸を手がける。80年代より建築、装飾美術を手がける。75-88/知多工房として個展。 
彫刻個展
96/ギャラリーアルテ(名古屋)。97/豊田市美術館ギャラリー。98/煥乎堂ギャラリィ(前橋市)。00・03・07・11/名古屋画廊。2000年~/ギャラリー椿(東京)、日本橋髙島屋、新潟絵屋、ギャラリー島田(神戸)。
 
 
2013年11月15日(金)-11月22日(金)田口 貴久 展
2013-10-05
《樹》80号
田口 貴久 展 YOSHIHISA TAGUCHI
-ピュアな心、真摯な制作-
11月15日(金)-11月22日(金)
 
田口貴久展によせて―ピュアな心
 私は一年間だけであるが、田口さんとは学生時代の時間を共に過ごした。たった一年間であったが、この時間は、私の人生の中でも最も大切なものを与えられたと思っている。
 ある日、田口さんの部屋に招かれた。その時の衝撃は今も忘れられない。部屋に入ると、いきなり作品の山、絵具の山、そして大量のゴミの山である。足の踏み場もないとは、このことを言うのだろう。そこには田口さんの絵に集中する精神の痕跡が随所に残っていた。
 絵に対してこれほど真摯に向き合っている人間を多くは知らない。田口さんは自身を飾らない。絵に対して純粋そのものである。いつまでも少年の様な、今風に言えばピュアな心の持ち主である。
 私は「作品は人なり、人は作品なり」という言葉が好きだ。田口さんに今描きたいものは何ですかと聞いてみた。答えは「いきいきとした絵を描きたい」その一言であった。今回の個展、どんな作品と出逢えるか、今から楽しみである。
山村博男(画家・国画会会員) 
 
略歴
1953/愛知県豊川市生。 76/名古屋芸術大学卒。 78/愛知県立芸術大学大学院修了。 83~95/アッサイ21展(愛知県美術館等)。85~92/名爽会展(名古屋画廊。 86/ジャパン絵画大賞展(佳作)。 91~93/ボ・タン展。 93・98・00・04・08・11・13/個展(名古屋画廊)。 93~07/個展(銀座 ギャラリー和田)。 94~95/滞仏。 00~02/和の会招待出品(銀座 和光)。 04/田口貴久展(網走市立美術館) 07~/笠の会(松阪屋) 08/立軌会同人  
現在 名古屋芸術大学教授/立軌会同人
 
2013年10月11日(金)-10月26日(土)松尾 藤代 展
2013-09-20
《Fugue Nr.1》
Living with Contemporary Art-No.17
松尾 藤代 展 FUJIYO MATSUO
-自らの光を探す-
10月11日(金)-10月26日(土)
 
松尾藤代さんの仕事
 松尾藤代さんの光の絵から持続的に出てくる柔らかい光は、ゴシック寺院の大きな窓からの強いものではなく、ロマネスクの寺の壁から沁み出てくるようなものでしょう。また、日本古来の障子からの包み込むような暖かいものを感じます。
 画面は瞑想的ともいえますが、ロスコのような複雑な感覚の奥底に引き込むそれではないと思います。単純な矩形の窓であろうものも、油彩画の塗りの深さ、堅牢な画質によって補われており、不思議感があり、見ていて飽きないものにさせているように感じます。
 そして、内発性と強い意志が絵画する背後に見えてきて、絵のための絵に陥らず、自らの光を探し、その光で自らの足元も照らして歩いていると思われます。加えて、アーチストの前にアルチザン(職人)であることを忘れてはいない。
 現代美術の大きな課題、「芸術のための芸術は不毛を招く」と百数十年前にボードレールが言っていたことを作家たちが考えなければいけない今日、松尾さんは“探すこと”を仕事としている稀有な存在かと思います。                                        
赤塚一三(画家・写実画壇運営委員)
 
略歴
1968/大阪市生 91/大阪芸術大学卒。
個展:95/大阪府立現代美術センター 97/CUBIC GALLERY(大阪) 02/村松画廊(東京) 07/仙台市博物館 08/ソフトマシーン美術館(香川県) 10・12/名古屋画廊。 グループ展:96/フィリップモリスアートアワード(スパイラルガーデン/東京) 97/ビエンナーレまくらざき<佳作賞>(鹿児島県)、吉原治良賞美術コンクール<優秀賞>(大阪府立現代美術センター)、Depth of Focus 絵画の焦点深度と浸透圧について(芦屋市立美術博物館/兵庫県)、光の方へ・・・(京都市美術館) 98/VOCA '98(上野の森美術館/東京)、シェル現代美術賞展(目黒区美術館) 99/現代日本絵画の展望展(東京ステーションギャラリー) 00/水晶の塔をさがして(福岡市美術館)、光の記憶 Memory/Space(ヨコハマポートサイドギャラリー/神奈川県) 02/いま、話そう-日韓現代美術展(国立国際美術館/大阪、韓国国立現代美術館/ソウル) 05/光りの絵画展(名古屋画廊)ほか。2011~ケルン(ドイツ)在住。
所蔵:国立国際美術館、千葉市美術館、福岡市美術館ほか。 
 
2013年9月21日(土)-10月5日(土)桑山 忠明 展
2013-08-08
UNTITLED
Living with Contemporary Art-No.16
桑山 忠明 展 TADAAKI KUWAYAMA
-永遠を希求する反復-
9月21日(土)-10月5日(土)
 
永遠を希求する反復―桑山忠明の空間
 現代における都市生活者の周辺では、物品の使い捨てが日常化し、建物も比較的短期間に生滅をくり返して街は変貌する。だが、こうした空間の生々流転は元来世の常で、今更嘆くことでもないとも言える。されど、私たちは永遠性への希求を捨て去ったわけではない。今という時代と場を表徴する仕事を、共に生きている人々の〈記憶〉に深く刻みつけ、次世代への伝承と転生を期待する―それが永遠性に近づく一つの方法であることを知っている。とくに美術の世界では、それを目指して古来、優れた匠たちが複雑精緻な超絶的な手業により、人の記憶の深層に残る作品を生み出して来た。
 ところが、桑山忠明はニューヨークに渡って半世紀余、従来の美術家とは全く対蹠的な方法でそれを実現させて来た。つまり、感情的、情緒的な要素を一切排除し、近年では均一なメタルの方形、単体小パネルを規則正しく一定間隔で壁面に展示して、その場に純粋、静謐な空間を現出させるのである。そこは自分自身とのめぐり会いの場でもある。今回の展示は正方形小単体6点、横一列の展示なのだが、その律動的な反復には永遠へと続く振子の音を聞く思いがする。                   
馬場駿吉(名古屋ボストン美術館館長)
 
略歴
1932/名古屋市生。56/東京芸術大学卒。58~/在ニューヨーク。近年の個展: 2010/名古屋市美術館。11/国立国際美術館、金沢21世紀美術館。12/神奈川県立近代美術館 葉山。
 
 
2013年9月2日(月)-9月14日(土)庄司 達 展
2013-08-08
布と竹-立ち上がるテーブル
Living with Contemporary Art-No.15
庄司 達 展 SATORU SHOJI
-空間との出会い-
9月2日(月)-14日(土)
 
レセプション:初日5:30p.m.~7:00p.m.
庄司先生を囲んでレセプションを開催いたします。
皆様のご来駕をお待ち申し上げます。
 
都会の芸術家-布と竹を用いた空間表現の庄司達展
 私は「庄司達展」を大部分観る。多くの方から親しまれる庄司達氏を見てきた。
先日のアトリエ訪問の中で、床や壁から発生するイメージが造形的空間として成長し、「一定の調和を保つ布と竹の実験風景」を見ている時、宇宙へ旅する科学者の姿を想った。昨年、芸術大学・現代彫刻のコースを退官するまで、若い作家・学生と共に、都市の蔵、庭園、古民家、福祉施設を利用したプロジェクトを7年間にわたって行うなど、「社会と芸術の在り方」を強く提示する。
一宮に住む庄司氏は同市民病院の放射線治療室の通路に「赤い布による空間-遠くの空へ」も短期間だが設置を実現した。この赤い空間は強い生命力を覚える。
名古屋画廊は現代美術作家の積極的企画を打ち出すようになり、この度の「庄司達展」となる。2階には新作立体の「布と竹、立ち上がるテーブル」を、2階と1階には作家自身のストローク運動による線描きのレリーフ、ドローイングも展示される。
池俣武夫(アート・コーディネーター)
 
略歴
1939/京都市生。名古屋市で育つ。62/京都市立美術大学彫刻科卒。68~92/桜画廊個展(16回)。68~11/galerie16個展(京都)79/名古屋市芸術奨励賞。95/浮かぶ布庄司達展(新潟市美術館)98/久野真・庄司達展(愛知県美術館)。99~10/名古屋芸術大学教授。10/庄司達展(碧南市藤井達吉現代美術館)、愛知県芸術文化選奨。
 
2013年5月27日(月)-6月7日(金)鬼頭 鍋三郎 展
2013-04-27
《舞妓 》1981年 20号
鬼頭 鍋三郎 展 NABESABUROU KITO
-舞妓、秀麗の一瞬-
5月27日(月)-6月7日(金)
 
鬼頭鍋三郎先生の画業に想う
 24才で岡田三郎助に師事し品格ある人物画への道を歩み始め、30代には室内の女性を的確な筆使いで描いています。やがて45才頃から円熟味を増した筆致でバレリーナの連作が始まり、簡略化した空間に存在を際立たせ、二人を組み合せるなど構成を意識した挑戦が続きます。そして55才で渡欧し西洋美術の本道に触れ、堅牢な画面を目の当たりにした時から表現が一変します。油彩の何たるかを求め、ペインティングナイフで絵の具を厚くのせ、勢いのある筆使いで西洋婦人や風景を力強く描き圧巻です。そして帰国後も表現の可能性を模索し続け64才の時、舞妓をスケッチする機会に恵まれテーマが定まります。髪型やかんざし、華やかな振り袖と帯、凛としたたたずまいや優雅な姿に文化の粋を見出し、油絵で日本の美の象徴を描くことを意気に感じたに違いありません。1981年作の≪舞姿≫はあでやかに舞う一瞬を捉え秀麗です。亡くなる前年の作とは思えぬ色彩豊かで緊張感のある画面に、鬼頭芸術の結晶を見る思いがします。愛知県立芸術大学ではモダンを目指す学生達を温かくご指導くださり、卒業後も親しく接していただきました。良き薫陶を受けたことを心より感謝して居ります。
遊馬健一(立軌会同人)
 
略歴
1899/名古屋市生。1923/松下春雄らと洋画グループ・サンサシオンを創立。光風会初入選。岡田三郎助に師事。31/光風会会員。34/帝展特選。54~55/滞欧。61・64・65・75/個展(名古屋画廊)。63/日本芸術院会員。68/愛知県立芸術大学教授。70/光風会理事長。75/日展顧問。80/「鬼頭鍋三郎回顧展」(松坂屋巡回/朝日新聞社主催)。82/逝去(82歳)。84/「特別展郷土の画家たちⅡ鬼頭鍋三郎・伊藤廉展」(愛知県美術館/中日新聞社主催)。88/遺作展、以後99・04・06・12(名古屋画廊)。91/「鬼頭鍋三郎展」(松坂屋巡回/朝日新聞社主催)。
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