株式会社名古屋画廊

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株式会社名古屋画廊
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展覧会のご案内

 

企画展開催スケジュール

企画展開催スケジュール
 
2014年9月26日(金)-10月3日(金)没後20年西村千太郎展
2014-08-31
《納屋橋風景》1930年作
没後20年 西村 千太郎 展 SENTARO NISHIMURA
-「日本的フォーブ」から20世紀の人間像へ-
9月26日(水)-10月3日(金)*最終日は4時まで
 
西村千太郎:「日本的フォーブ」から20世紀の人間像へ
 岸田劉生の草土社に対抗して大澤鉦一郎を中心に結成された「愛美社」、モダン都市・名古屋が本格化する時代の波に乗って、松下春雄、鬼頭鍋三郎らが結成した「サンサシオン」に続いて、1928(昭和3)年、西村千太郎(1907~1994)は鈴木不知の洋画研究所に学んだ仲間(尾沢辰夫など)とともに「フォーブ美術協会」を結成した。翌年には1930年協会展と二科展に初入選。1930年には帰郷した二科会員・横井礼以のもとに「緑ヶ丘研究所」を開設。これ以降、二科会の画家として生涯活動した。
 戦前は、「日本的フォーブ」と呼ばれる情感に溢れた流麗な筆致で、佐伯祐三のパリ風景のように、名古屋の都市風景を描くとともに、シュルレアリスム絵画に刺激された不可思議な日常の光景を描いた作品を制作した。戦後は、激動する社会のなかで生きる20世紀の人間像を大局的な観点から諷刺的に描いた。
 名古屋の二科会の代表作家である西村千太郎の没後20年を記念する回顧展は、名古屋画壇の豊かな歴史を改めて伝えてくれるに違いない。
山田諭(名古屋市美術館学芸員)
 
略歴
1907/名古屋市生 27/春陽会展 29/1930年展。二科展初入選 30/全関西展〈朝日新聞社賞〉 53/二科展〈二科賞〉 61/二科会会員 94/逝去(87歳)
 
2014年9月17日(水)-9月24日(水)吉川三伸展
2014-08-31
《一九四〇追憶(二)》1976年作
吉川 三伸 展 SANSHIN YOSHIKAWA
-日本の土に立脚したシュルレアリスム-
9月17日(水)-9月24日(水)
 
日本の土に立脚したシュルレアリスト  
「人に愛がなかったら生きることはもっと楽だ」1941年の戦時下、シュルレアリストが特高に理不尽な弾圧を受け、吉川三伸は名古屋・江川署に10か月間拘留された。これはその獄中での言葉だ。50年代には「ノーマンロード」と題された作品が多作されるが、それは文字通り「人のいない道」であり、彼によれば、無人で宇宙を突き抜けてゆくロケットのような「人間疎外の社会批判」が込められている。戦後には、貧困のなかで最愛の妻を亡くし、5人の子供たちを抱えて「逆境のなかでふとわが子をおぞましく」思ってしまった恐ろしい自分に身震いし、それゆえ彼は、人間の深淵にある生と死について深く考察し、「人はみな土に生まれ…土に消滅する」という考えにいたる。その土は「自分の周辺の土」、すなわち日本の土でなくてはならなかった。それが日本的思考を強めることになり、「穢土浄土」や民話シリーズに結実し、吉川の芸術表現のひとつの頂点を示した。晩年の10年、死の前年まで描かれた「一九四〇年・追憶」のシリーズは、冒頭に記した留置所での記憶が基となっている。独房の格子窓からは、時にはおぞましい視線が、時には美しい光が差し込んでいる。前者の強い視線は看守(社会)の狂気の眼であろうが、またそれは吉川自身の社会に対する告発の眼差しともとれる。一方、美しい光は、真に生きる自由を後世に繋ごうとする、彼の一条の光ではなかったか。彼は愛があるがゆえに、どんな状況下にあっても屈することなく、穢れることなく描き続けた。こうして吉川は、日本の土に立脚した唯一のシュルレアリストとなった。
村松和明(岡崎市美術博物館学芸員)
 
略歴
1911/名古屋市生 31~32/在東京。三岸好太郎らと出会う 36/アバンガルド12月展 37/トルピ展 38/独立美術展。ナゴヤアバンガルド展 40/美術文化協会展〈美術文化協会賞〉41~42/名古屋・江川署特高課に拘引 48/美術文化協会会員 53/抽象と幻想展―非写実絵画をどう理解するか(東京国立近代美術館) 58/第1回新象展 76/「一九四〇年追憶」シリーズを開始 85/逝去(74歳)
 
2014年9月9日(火)-9月13日(土)生誕130年 島田卓二展
2014-08-31
《風景》1911年 72.5*97.5㎝
生誕130年 島田 卓二 展 TAKUJI SHIMADA
-新派の陽光を東三河へ-
9月9日(火)-9月13日(土)*最終日は午後4時まで
 
島田卓二展によせて
 明治・大正の日本洋画界を牽引し、近代洋画の父と仰がれた黒田清輝。この黒田の書生として洋画を学び愛知県に広めた一人に東三河の島田卓二がいる。
画家を目指して上京し白馬会の葵橋洋画研究所に学んだ島田は、白馬会展や文展、光風会展に出品し、国民美術協会の設立にも参加した。次第に婦人雑誌の口絵なども手がけるが、大正13年の関東大震災で愛知へ帰郷している。
 その後は豊橋や名古屋松坂屋での個展など郷土での活動が中心となり、また洋画の普及にもつとめ、豊橋洋画協会の設立や、郷里の高校等で教鞭をとった。
 作風は新派(紫派)と呼ばれた黒田譲りの明るい外光派の色彩を踏襲し、屋外での制作を重んじ、渥美半島や湯谷渓谷などに出向いては景勝地等をよく描いた。また愛知県美術館蔵《放牧》のように戦中の物資不足の折には手製の紙キャンバスを作成する工夫も見せた。愛知洋画界の黎明期に活躍した島田の画業が再考されることを望みたい。
森田靖久(豊川市桜ケ丘ミュージアム学芸員)
 
略歴
1885/愛知県(現)豊川市生。1905/上京。黒田清輝の書生に。12/第6回文展に初入選。24/関東大震災のため帰郷。26/豊橋洋画協会を結成。46/逝去(61歳)。
 
2014年9月2日(火)-9月6日(土)生誕110年 市野長之介展
2014-08-31
《バザーの楽器点》1929年
生誕110年 市野 長之介 展 CHONOSUKE ICHINO
-フォーヴィスムの名古屋-
9月2日(火)-9月6日(土)*最終日は午後4時まで
 
(市野長之介君のこと)
 大正末より昭和初期にかけて、名古屋は、美術の歴史的展開の上で、注目すべき時期を迎えていた。それは、実に壮麗な時代でもあった。固いひからびた旧派にかたまった綜合展である東海美術展に飽き足らない若い新進作家たちがめざましい活動を展開した。市野長之介君は、その一つのアザミ会に属していた。
 その頃から最近の二紀会にいたるまでの画歴は、まことに注目すべきものがある。地味で含みのある色と造形、華やかさが重厚のヴェールをかけて、ムックリした素朴な内面、終始一貫した素朴な作風、地味であるが親しく話しかけてくる作品の数々は、他の追随を許さぬものであった。独自の芳香を感ぜしめる。だから作品に対していると、いつまでも飽くことがない。自然に画中の中に溶け込んでしまっている。
 市野さんはそんな作家である。今の多くの作家のように新らしい感覚もなく、真の意味の美の創造もわからないくせに、無暗に奇を衒うとういようなところが微塵もない。
熊澤五六(徳川美術館名誉館長)
*『画業50年 市野長之介自選展』(1979年、松坂屋本店)図録より抜粋。
 
略歴
1905/名古屋市生 29/二科展初入選 35/全関西洋画展〈朝日奨励賞〉 41/二科展〈後援会賞〉 42/二科会会友 46/二紀会創立同人 48・55/二紀展〈同人賞〉 75/二紀展〈鍋井賞〉 87/逝去(82歳)
 
2014年8月19日(火)-8月30日(土)山田彊一展
2014-08-01
《太郎と花子No.1》1968年
山田 彊一 展 KYOICHI YAMADA
-若き日の挑戦と情熱の息吹-
8月19日(火)-8月30日(土)*最終日は午後4時まで
 
山田彊一展によせて
 昨年はメキシコ、そして今年はニューヨークと、今もエネルギッシュに活動を続ける山田彊一氏。今回の展覧会は、そんな山田氏の若き時代(1960年代)の作品、〈波羅門〉シリーズと〈現代餓鬼草子〉シリーズを展観するものだ。
 山田彊一というと、1970年愛知県文化会館美術館で起きた「ゴミ事件」の裁判で見せた行動があまりに有名だが、それ以前すでに愛知教育大学美術課在学中に春陽会展に入選したり、ニューヨークでの「日本のアーティスト選抜14人展」に最年少で選ばれるなど、華々しい活躍をしていた。山田氏の芸術家としての原点は60年代にあるといってもいいだろう。
 その意味で本展は、現在まで多彩な活動を続けている山田彊一氏の、若き日の挑戦と情熱の息吹に触れる貴重な機会であり、まことに興味深い企画である。また氏自身にとっても、自らの初期の仕事を振り返ることによって次なる展開への契機になるにちがいない。今後の新たな作品の創造に期待したい。
神田真秋(愛知芸術文化センター総長)
略歴
1938/名古屋市生 59/愛教大卒 64/「日本のアーティスト選抜14人展」(ニューヨーク)に最年少出品 67/シェル美術賞展〈佳作賞〉 85/和歌山版画ビエンナーレ〈大賞〉86/IBM絵画コンクール〈大賞〉 収蔵:愛知県美術館ほか 著書:『名古屋力 アート編』ほか
 
2014年6月9日(月)-6月14日(土)生誕100年 坪内 節太郎 展
2014-04-25
《男の顔》1943年頃作
生誕100年 坪内 節太郎 展
6月9日(月)-6月14日(土)*最終日は午後4時まで
 
「牛の涎(よだれ)」
 「牛の涎」ということを、人様に自分の画業を譬えて父が申しているのを聞いたことがありました。また、私には「自分には才能がない。ただ、しつこいから絵を描くことを諦めないだけだ」ということを言っていました。   
父の絵を見ると「滋養」「滋味」という言葉を思います。そして洒落のようですが「地味」―これは重層的な土気の味、とでも言い換えたいのですが。 
幸福である人のことは、放っておいても大丈夫。欠けたものや不遇なものにこそ目をやりたい―自然とそちらに目がいってしまう―といった父の気質とその画業との結びつきを強く直観いたします。
 「観る人の病気が治ってしまうような絵が描きたい」と節太郎は青年の頃考えていたとか。それはおそらく、パーッと気持ちを明るくして苦を忘れさせるのではなく、薬に譬えれば、心身の奥深くに入り込んでじっくりと効き続ける漢方薬の様なものかもしれません。
坪内のり子(坪内節太郎長女)
 
略歴
1905/岐阜県(現)各務原市生。26/春陽会展初入選。中川一政に師事。31/独立美術展。38/独立美術協会賞。63/『歌舞伎画帖』刊行。70/個展(名古屋画廊、以後6回)。79/逝去(74歳)。
 
2014年5月23日(金)-6月6日(金)久米 亮子 展
2014-04-25
《garden》90.9*90.9cm
久米 亮子 展 RYOKO KUME
-window-
5月23日(金)-6月6日(土)
 
レセプションご案内
初日5:30p.m.~7:00p.m.
久米先生を囲んでささやかなレセプションを開催いたします。
皆様のご来駕をお待ち申し上げます。
 
久米亮子の絵画
 久米亮子の絵画には、花にまつわる題名がよく付けられている。そして彼女が実際に描くイメージは、多かれ少なかれ抽象化されているにせよ花のそれであること、あるいは少なくとも花を連想させるものであることが多い。しかし、久米は決して単なる花の画家ではない。花は彼女にとっておそらく、私たち人間を含む生命の、さらにはそれを育む自然あるいは世界の営みの象徴的な存在なのだろう。久米は画家として、花を通してそれを描く。
 ところで、私が久米の絵画において最も惹かれるのは次のことである。絵具の素材感、絵具の持つ色彩、そして絵具が塗られることで生み出される形態と空間――それらが支持体の上で、いや支持体そのものも含めて調和した時、久米の絵画は優美な強さを備え、発する。それを感じ取った時、彼女の絵画はひと目見たところの色彩の清澄さ、鮮やかさやオーガニックなリズム感による心地良さを突き抜けて、高揚的な対峙感を伴った高次の視覚的快楽に私たちを浸らせてくれる。
大島徹也(愛知県美術館 主任学芸員)
略歴
1991/文化庁現代美術選抜展。93・95・97/ビエンナーレまくらざき(93佳作賞)。94-/個展(ギャラリー山口〈東京〉)。97-/個展(名古屋画廊)。97/VOCA'97(上野の森美術館)。99/夢広場はるひ絵画展〈奨励賞〉(はるひ美術館)、久米亮子展(はるひ美術館)。02/ArtScholarship2001現代美術賞(本江邦夫部門)。05/光りの絵画展(名古屋画廊)。11/個展(ハートフィールドギャラリー〈名古屋〉)。12/個展(ART NAGOYA 2012)、個展(ギャルリー東京ユマニテ〈東京〉)。
 
2014年5月9日(金)-5月17日(土)赤塚 一三 展
2014-04-25
《木の間の星岩》100号
赤塚 一三 展 KAZUMI AKATSUKA
-深みある色感と内省と-
5月9日(金)-5月17日(土)
 
レセプションご案内
初日5:30p.m.~7:00p.m.
赤塚先生を囲んでささやかなレセプションを開催いたします。
皆様のご来駕をお待ち申し上げます。
 
赤塚一三の新作―深みある色感と内省と
  赤塚一三さんは、昨年7月に一ヶ月ばかり三岸節子ゆかりのフランス・ブルゴーニュ地方のヴェロンに滞在し、のち取材のため車で3000キロを移動した。フランスの大地に身を浸したことで制作意欲を刺激され、画嚢を肥やしてきた。たとえばドルドーニュ地方のロマネスク風教会のある静寂な情景は、樹間と遠景の教会の間に奥行きが出、白色の教会と空の構築的な構図に迫力が増し、ほかにもイリュージョンを広げた夜景の上弦の月など伸びやかな筆触がうかがえる。
 さまざまな風景のモティーフが豊かな表情を醸し出すこの緻密な構成と筆致は、あくまでも自然に対する敬虔な思いと生死の境を彷徨した青春時代の経験など生命あるものに対する思い入れから成り立っている。描きたいのが「永遠の現在(いま)」であるという赤塚さんの姿勢は160年を経た民家を改造した長久手市のアトリエで制作する静物にも一貫している。
 イタリアの画家モランディに私淑し、敬愛するボローニャの市立美術館を3回も訪ねた内省の画家は、時間と空間表現に腐心する。質朴な人柄から生まれる作品は、どれも赤塚さんのアグレッシブな意欲の賜物であろう。
金原 宏行(豊橋市美術博物館館長)
略歴
1956/岐阜市生。80/愛知県立芸術大学卒<桑原賞>。82/同大学院修了<修了制作買上>。83~95/アッサイ展(愛知県美術館等)。85~93/名爽会展(名古屋画廊)。92/ルイーズ=ミッシェル展(パリ)、二人展(マドリーヌ寺院)。93~06/個展(銀座 ギャラリー和田)。94・98・01・05・08・10個展(名古屋画廊)。95/前田寛治大賞展(日本橋髙島屋・倉吉美術館)。95~97/愛知県海外研修生として滞仏。97/個展(パリ、キャピタルギャラリー)。97・98/21作家展(パリ、キャピタルギャラリー)。00~02/風景の見え方展(長久手文化の家)。04~/ものの見え方展(長久手文化の家)。06/損保ジャパン東郷青児美術館大賞展招待出品。07~/笠の会展(松阪屋)。09~/實の会展(日本橋髙島屋)。
現在/写実画壇運営委員
 
2014年4月17日(木)-4月25日(金)生誕100年 浅野弥衛 展
2014-03-20
《作品》1961年 30号
生誕100年 浅野 弥衛 展 YAE ASANO
-タテに観る世界-
4月17日(木)-4月25日(金)
 
 浅野弥衛・タテに観る世界
 今でも弥次喜多の歩いていそうな海道に沿う旧家に生まれ育った浅野弥衛は、生涯そこで独自の抽象画の世界を極めたのであったが、星菫を愛する人でもあった。
 夏であれ、冬であれ、しばしば家族や客人を誘って屋外に出た。狭所(せこ)を下って水田の畦に案内した。幸いにして満天の星である。揃って夜空の美しさに酔ったものだ。
 また春や秋には、萌え出ずる稲麦やつくしや菫や菜の花や蕗の薹に注目することを強いた。
 独自の美意識で築き上げた作品世界を支えていたのは、こういう天空の理、地上の利に適う天然気象への愛着だったろうと思う。
 引っかきという技術を大事にしていた彼は絵の具の乾きが重要な関心事で、予報の合わなかった時には、激しく電話で気象庁を責めていた。
 星つながりで想うのは、イギリスの片田舎に育った作曲家ホルストのジュピター(木星)制作百年の今年、浅野の生誕百年を迎える偶縁である。
 多分、浅野の世界にはヨコからの視線はなく、天を仰ぎ、地に伏せるというタテの視線が貫いているようだ。従って壁面を飾るよりは天井に掲げたり、地上に置いたりして、観る方が、魂に響く観方が出来るのではないかと思われる。
清水 信(文芸評論家)
略歴
1914/三重県鈴鹿市生。50/美術文化協会会員(63退会)。61-72名古屋画廊個展(12回)。71/銀座みゆき画廊個展(主催・名古屋画廊)。62/第13回秀作美術展(日本橋三越)。68/THE EXHIBITION OF JAPANESE ARTISTS DRAWING(ロスアンゼルス)。74-92/桜画廊個展(15回)。82/現代美術の展望展(富山県立近代美術館)。85/名古屋市芸術賞〈特賞〉。86/現代の白と黒展(埼玉県立近代美術館)。87/愛知芸大客員教授。92/名古屋画廊創業50周年記念現代の洋画展。同水彩・デッサン新作展。95/線について展(板橋区立美術館)。96/浅野弥衛展(三重県立美術館)。逝去(81歳)。2007/没後10年浅野弥衛展(名古屋画廊)。
 
2014年4月4日(金)-4月12日(土)伊津野 雄二 展
2014-03-20
《花の名前》(部分)木(ヒメコマツ)
伊津野 雄二 展 YUJI IZUNO
-花の名前-
4月4日(金)-4月12日(土)
 
レセプションご案内
初日5:30p.m.~7:00p.m.
伊津野先生を囲んでささやかなレセプションを開催いたします。
皆様のご来駕をお待ち申し上げます。
 
花の言葉
 
薔薇の窓もつ大きな家は
聖者の夢のうえにたち
空に石積む大きな街は
数字をなくしたサイコロのよう
よこたわる 大地も花も木も草も
呼ばれることを拒絶して
今は静かにねむりましょう
やがて風が時をよび
あなたが真にのぞむとき
私の名前は知らせずに
小さな庭に立ちましょう
 
伊津野 雄二 
 
略歴
1948/兵庫県生まれ。69/愛知県立芸術大学美術学部彫刻科中退。75/知多工房を設立 木彫、家具木工芸を手がける。80年代より建築、装飾美術を手がける。75-88/知多工房として個展。 
彫刻個展
96/ギャラリーアルテ(名古屋)。97/豊田市美術館ギャラリー。98/煥乎堂ギャラリィ(前橋市)。00・03・07・11/名古屋画廊。2000年~/ギャラリー椿(東京)、日本橋髙島屋、新潟絵屋、ギャラリー島田(神戸)。
 
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